バランコ ― リマが歩みをゆるめる街
東京の代官山や下北沢を歩いたことがある人、あるいは大阪・中崎町の古い家々や小さなカフェ、雑貨店の間で迷ったことがある人なら、バランコに来ると、どこか懐かしいような感覚を覚えるかもしれません。
ニューヨークをご存じの方なら、かつてのソーホーが持っていたアートな空気を思い出す方もいるでしょう。
でも、そうした比較はすぐに意味をなさなくなります。
なぜならバランコには、他の場所ではなかなか見つからないものがあるからです。ボヘミアンな雰囲気、ノスタルジー、そして背景に広がる太平洋。
急がず歩くための街
バランコは、きっちりとした予定を組まずに歩いたほうが楽しめる場所のひとつです。
古い共和国時代のカソナ(邸宅)と現代的な建物、小さなアートギャラリー、デザイナーズブティック、カフェ、バー、そしてリマでも特に面白いレストランの数々が、ここでは同じ通りに並んで存在しています。
何十年もの間、芸術家や作家、音楽家たちがこの街に暮らし、作品を生み出し、集ってきました。その歴史は今もこの街の空気の中に感じられます。
時間の流れが少しだけゆっくりに感じられる静かな通りもあります。大きな木々、古い塀の向こうに隠れた庭、木造のバルコニー、そして、もうひとつの時代のリマを思わせる邸宅の数々。
そして数ブロック進むと、今度は現代のバランコが現れます。デザイン、ファッション、ガストロノミー、カクテル、音楽……以前からあったものを完全に消してしまうことなく、この街を自分たちのものにした新しい世代の存在です。
その新旧の混ざり合いこそが、バランコの魅力の一部なのです。

リマらしい、少しノスタルジックな空気
バランコには、どこか懐かしい空気も流れています。
それは古い邸宅のせいかもしれません。教会のせいかもしれません。小さな広場のせいかもしれません。海へと下っていく通りのせいかもしれません。
あるいは、音楽のせいかもしれません。
バランコは、ペルーのクリオージョ音楽の歴史と深く結びついています。ギター、歌声、ワルツ、そして年月の中で大きく変わってきたリマの記憶から生まれた音楽です。
その歴史の中でも特に重要な存在が、リマとバランコに深く結びついた音楽を残したペルーの作曲家、チャブーカ・グランダです。
この街を歩くと、その世界を少しだけ理解できるようになります。
クリオージョ音楽を前もって知っておく必要はありません。街を歩きながらその曲のひとつを聴くだけで、バランコにはサウンドトラックもあるのだと気づくはずです。
ギター、ペルー風のワルツ、現代音楽、ジャズ、ロック……小さなバーから流れてくる音のひとつひとつが、常に音楽と特別な関係を持ち続けてきたこの街の一部なのです。
溜息の橋(プエンテ・デ・ロス・ススピロス)
そして遅かれ早かれ、ほとんどの道はバランコを象徴するひとつの場所へとつながります。「プエンテ・デ・ロス・ススピロス(溜息の橋)」です。
19世紀に架けられたこの小さな木造の橋は、長い年月を経てなお、この地区でもっとも愛される場所のひとつになっています。
ある言い伝えがあります。息を止めたまま初めてこの橋を渡り、願いごとをすると、その願いが叶うというものです。
でも伝説以上に素敵なのは、橋の周りに広がる風景そのものです。

橋の下からは「バハダ・デ・バニョス」という古い小道が始まります。かつて海へと続いていた道で、今ではバランコを代表する散策路のひとつになっています。
この道を歩いていくと、レストランや小さな家々、アート、木々、そしてゆっくり発見されるために存在しているような小さな一角が次々と現れます。


チャブーカ・グランダは、この場所を「エル・プエンテ・デ・ロス・ススピロス」という曲に残しました。それによって、この橋は単なる観光スポットを超えて、リマのロマンティックなイメージの一部となったのです。
教会や広場に残る、もうひとつのリマ
バランコには、その歴史を物語る建築もまだ残っています。
橋の近くには、古い「エルミタ・デ・バランコ」と、「ラ・サンティシマ・クルス教会」があります。その周辺の通りにも、異なる時代のカソナやファサード、細部の装飾が今も残っています。

すべてが完璧に修復されているわけではありません。
そしておそらく、それこそがこの街の美しさの一部でもあるのです。
バランコは博物館のようには感じられません。今も生きている街です。
古い建物と現代的なマンションが同じ空間に共存し、何十年もここに暮らす家族、新しく移り住んできた人々、アーティスト、レストラン、小さな商店、そして世界中からの旅行者が入り混じっています。
過去が消えてしまったわけではありません。ただ、現在とその場所を共有しているだけなのです。
カフェ、アート、ファッション、そしてご飯
そしてもうひとつ、今のバランコがあります。
朝はおいしいコーヒーから始め、ギャラリーを訪れ、小さなデザインショップやペルーのファッションブランドの店に立ち寄り、国内各地の食材を使うレストランで昼食をとる。そんな一日を過ごすこともできます。
ガストロノミーは、この街を体験するうえで大切な要素のひとつです。
バランコには、ごく素朴な小さな店から、リマでも名の知れたレストランまでが揃っています。でも、もしかしたら一番面白いのは、すべての食事を計画する必要がないということかもしれません。
時には、たまたま別の通りに折れたことで見つかる小さなカフェやレストランこそが、いちばんの発見になることもあります。
それはアートについても同じです。
壁画、写真、デザイン、ギャラリー、工房。こうしたものが街のあちこちに現れます。ここでのアートは、美術館の中だけにあるものではありません。
通りそのものの一部なのです。



日が沈むころ
そして、私たちがバランコにいて特に好きな時間のひとつが訪れます。
夕方の終わりです。
光が変わり始め、太平洋が違った色合いを見せ、人々がテラスやレストラン、バーに集まりはじめます。
バランコは、また別の形で目を覚まします。
日中は静かで思索的だった街が、会話と音楽、そして動きに満ちていきます。おいしい夕食をとったり、カクテルを飲んだり、生演奏を聴いたり、あるいはそのまま歩き続けたり。
そして、そんな賑わいの中にあっても、数ブロック離れれば、また静けさを見つけることができます。
その矛盾こそが、この街をよく表しています。
バランコには、バランコだけの空気がある
バランコには、そのくつろいだ上品さから代官山を思わせる部分があります。音楽とオルタナティブな文化から下北沢を思わせる部分があります。古い家々がカフェやショップ、クリエイティブな空間に変わった中崎町を思わせる部分があります。そしてアートとガストロノミー、都市生活との関係から、かつてのソーホーを思わせる部分もあります。
でも、どの比較も最後までは成立しません。
何かが足りないからです。
クリオージョ・ギターの音。
庭の奥に隠れた古い邸宅。
溜息の橋。
チャブーカ・グランダの一曲。
そして通りの終わりに、思いがけず広がる、あの果てしない太平洋。

バランコは、リマで訪れるべき場所のひとつというだけではありません。
この街を知ることで、リマという都市そのものが少しわかるようになる、そんな場所なのです。
溜息の橋で写真を撮るためだけに来ないでください。
時間をかけて訪れてください。歩いてください。コーヒーを飲んでください。ギャラリーに立ち寄ってください。音楽に耳を澄ませてください。海を眺めてください。おいしいものを食べてください。そして何よりも、あまり急がないでください。
バランコは、そうして初めて、本当に楽しめる街なのです。
